無職になった今、お尻よりも洗ってほしい
世代じゃなくてもなぜか知ってる伝説のCM、TOTOの「おしりだって、洗ってほしい。」
なぜかこの言葉が会社を辞めてから僕の頭から離れない。
新卒で割と歴史のある有名な会社に入社して働いてみたけどなんか違う。元々就活も熱量があるわけではなく、周り見ながらそこそこにやって、第一志望ではないけど受かったから入っただけだしなぁ…とか思ってしまう。大多数がそんなもんだと思う。
新卒の三年以内の離職率は30%位らしい。自分の肌感覚ではやめようと考えてる人の三分の一が実際行動に移してる気がする。つまり90%が三年以内に辞めたいと思って働いている状態。大多数が辞めたいのだ。
ふと我に返って人生振り返ってみた。小学生では活発に外で友達と遊び、中学で部活にはいって、高校受験を普通にして、高校でも部活して高3の部活引退して受験勉強して、普通の大学に行き、就職した。全部多数派の人生だ。振り返るとなんか違うなという気持になった。多分ここまでが多数派。
社会に出るまでは漠然とした不安があった。高校時代ロックを聴いて、社会に出たこともないのに社会はくそだとか言ってた自分が、あんなにも嫌いだった満員電車、お世辞、愛想笑いをするようになるのか…と。幸い会社の近くに住んだので電車には乗らなかったが、ほかの二つはやらなきゃいけない場面が出てきた。いつも通り周りを見れば、同期の奴が平然と愛想笑いしてお世辞を言っている。自分も周りと同じことすりゃいいんだ、そう言い聞かせて「流石ですね!」なんて愛想笑いしてみた。なんか汚れる感じがして嫌だった。それから何回やっても慣れることはなく、結局周りの人みたいにできなかった。
それから一年位いろいろ考えて多数派の道を辞めようと決めた。自分の意志で決めようと。なにをやりたい?自分に問いかけてみたら案外たくさん出てきた。その全部が会社員である必要がないものだったのでやめようと決めた。もちろん新卒三年以内でやめるのは少数派だった。初めて人生のメインのレールで多数派から外れた瞬間だった。
今、会社を辞めて二か月何もしていない。俗にいうニート、引きこもり、無職、自宅警備員、自由の身、社会の底辺、人間のごみ…etcの状態だ。結局ぼくは社会という自然の不純物の多い環境じゃ生きれないような、飼いならされた奴だった。こんな社会に対して潔癖な僕は、きれいな環境、生ぬるい環境で生きる方法を見つけないと死んでしまう。いまは一旦汚れを落としてるんだといって一日寝て過ごす。誰か俺をきれいにしてくれと思いながら。
あのCMが頭で流れるたびに強く思う、お尻よりも洗ってほしい。